橋本トモコ

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ツバキ赤く −藍画廊の展示において−

 

 ある一枚の絵画を見ているとして、人は絵画だけを見ているようであっても実のところ、絵画と共にその隣にある壁面を必ず目にしている。絵画、壁、そしてその空間、それらを含む状況を見ている。つまり、全ての絵画展示にはインスタレーションの要素が含まれている。このことを前提に、物質として実際的に、美しいパネル、美しい絵具、美しい絵画表面と共に美しい空間を創ろうというのが私の制作コンセプトである。私の作品は絵画なのかインスタレーションなのか、とジャンルを問われることがある。しかし、インスタレーションが空間に依ったものであるのに対し、私の展示は絵画という3次元の物質をより良く見せるためのものであり、絵画そのものは自立して存在している。そして、絵画を物質として認識しているために、私の作品に情緒的な物語は必要としない。
 2006年9月に行った藍画廊での展示では、日本の古典的モチーフである椿を主題に空間の構成を試みた。近年、リンゴ、イチゴ、オレンジなど身近にあるもの、既にデザインとして慣れ親しんでいるものを絵画に置き直す、という作業を行ってきたが、今回のものは日本で多くの作家たちに描かれてきたモチーフを私なりに咀嚼すると同時に、「ありふれた」疑問の持ちようのないモチーフで絵画を作ることによって、却ってモチーフの無意味性を示そうとする近年の私のテーマのひとつでもある。

 空間の構成においては、写真の2点、写真右側にある作品の対面に18×44.5 cmの小作品を配置した。構成において重視していることは、静寂性であり、各作品がその空間を乱さぬよう相応しい場所に配置される事である。そのために、まず空間と主題を決め、その後、展覧会場の平面図を書いて作品の大きさ、配置を決めていく。藍画廊は、奥に閉鎖された2面の壁があるということと、天井高が3 m 24 cmと通常の画廊より高いこと、道路に面した壁の一部がガラス扉となっていて外光が入るという特徴を持つ。道路側の扉からも鑑賞者が入る事ができるが、左手事務所側にある入り口を自分自身がよく利用することもあり、事務所側入り口から最初に見える壁をこの空間の「正面壁」と決め、その壁下方に194×194 cmの作品を、その続き壁である左手上方に切り抜きの作品を、正面壁との対面、外光の影響を受ける壁に外光を考慮した小作品を配置する事に決め、制作を行った。小作品については、外光に合わせたグラデーションによる背景を持ったため、静寂性と共に「光に合わせた」幾ばくかの情緒を混入されることとなった。物質としての絵画と対比するためにあえて情緒を混入する事により、空間の流れを創る事を目的とした。絵画表面は、油絵具を最大限美しく見せるように、油彩による透明技法を使った。
 
 

社会空間における美術、風景としての絵画

 

 岡倉天心は、茶の湯というものを「茶、花卉、絵画等を主題に仕組まれた即興劇」であり、「茶室の調子を破る一点の色もなく、物のリズムをそこなうそよとの音もなく、調和を乱す一指の動きもなく、四囲の統一を破る一言も発せず、すべての行動を単純に自然に行う」ものとしている(『茶の本』)。私に茶道の心得は全く無いが、この「一点の色」も無い完璧な空間に、あらかじめ在るべきものとして「絵画」が含まれている事が興味深い。古来、日本における襖絵や天井画、欧米における祭壇画など、空間における絵画があり、役割としての絵画があり、風景としての絵画があった。それは、絵画を鑑賞するというよりは、生活に密着したものとして人々の前に提示され、そこに在るべき役割を担っていたが、また一方では、聖域ともいえる閉ざされた空間から出るものではなかった。現在においての美術は、その閉ざされた空間だけではなく、社会における空間もまた作品の一部として再提示され、外部性を獲得している。
 藍画廊の展示と時を同じくして行ったBunkamura GALLERY+(ギャラリープラス)での展示では、2005年に船橋市民ギャラリーで行った「ふなばし現代美術交流展’05」への出品作品「私はどこから来たのか」のシリーズより一部を再展示した。「私はどこから来たのか」は、船橋市民ギャラリーの空間に合わせて制作したものであり、展示を観るための役割として特定された空間に展示することを前提としていた。今度その作品を、展示のための閉ざされた空間ではなく、人々が集い、くつろぐための空間であるBunkamura GALLERY+に再構成するにあたっては、作品と外部の同時性を考えないわけにはいかなかった。そこでの作品は、鑑賞というある種個人的な行為と、公共の場における風景としての役割を同時に与えられることとなった。
 社会空間に美術が提示される事で、美術が風景として人々の生活に関わり、そして風景となりえたことで人々の美術に対する意識が高まる。そのために、作家が責任を持って質の高い作品を提供するという役割を負う。そして自分もその一端を担うことができれば、これ以上の喜びはない。

 

参考文献: 『茶の本』 岡倉覚三著 村岡博訳 岩波文庫 1929年

2007年1月

 
2008年 橋本トモコ展カタログ

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